ジャンヌ・ダルクはどのように手紙を書いていたのか

ジャンヌ・ダルクは一体どのように手紙を書いていたのでしょうか。

一般的には「自分で手紙を書いた」と思われるかもしれません。

しかし、実は彼女は読み書きができなかったと言われています。

彼女はフランス軍の司令官として従軍しましたが、彼女は決して軍人の家などに生まれた娘というわけではありません。

彼女はドンレミ村の農夫の娘として生まれ、特に教育を受けていたわけではないのです。

それならば、彼女は軍隊においてどのように手紙を書いたのでしょうか。

ここではジャンヌ・ダルクと手紙に着いて解説します。

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口述筆記

ジャンヌ・ダルクは戦争において何度も敵方に向けて手紙を書いています。

しかし、文盲の彼女自身が手紙を書けたわけではありません。

ジャンヌ・ダルクが手紙を書く時には、彼女が手紙に書く内容を喋り、文字が書ける人がそれを書くという口述筆記を行っていたのです。

これは裁判においても同様でした。

裁判での書簡

手紙ではありませんが、ジャンヌ・ダルクは裁判中にも書簡を書かなければならなかったのです。

しかし、この場合でも口述筆記が行われていました。

手紙の時は軍人が口述筆記を行っており、彼女の言論通りに記述されましたので問題ありませんでしたが、今回はジャンヌ・ダルクを処刑したいと考えているイングランド側が口述筆記を行ったため、必ずしも彼女が述べた通りには口述されなかったとも言われています。

また、文盲であるということは他にもマイナス点がありました。

署名した罪状の内容が違ったのです。

死刑宣告所に等しい罪状

ジャンヌ・ダルクには12の罪が突き付けられ、彼女はその罪状に署名をさせられました。

しかし彼女はなんせ文盲だったため文字が書けず、書名の代わりに十字架を書いたと言われています。

残されている書簡には、3か所彼女の名前が残されています。

そのため、徐々に彼女は署名だけはできるようになったのかとも言われています。

いずれにせよ、ジャンヌ・ダルクは19歳で火刑に処されるまで文字の読み書きはできませんでした。

まとめ

いかがでしょうか。

今の日本こそ、識字率が極めて100パーセントに近いと言われていますが、この時代はそんなことはありません。

しかし彼女は読み書きができないままでした。

そうは言っても、彼女は正々堂々と軍隊で指揮し、異端審問に立ち向かったのです。

そんな彼女が送ったとされる手紙や裁判での書簡は今でも研究対象とされており、注目を浴びているのです。

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