ジャンヌ・ダルクは中世においてどのように活躍したのか

ジャンヌ・ダルクは中世においてどのように活躍したのでしょうか。

ジャンヌ・ダルクと言えば、フランスの国民的ヒロインであり、今も多くの人に愛されています。

ルーブル美術館の前にはジャンヌ・ダルクの銅像が置かれていますね。

それならば、ジャンヌの中世での活躍はどのようなものだったのでしょうか。

ここではジャンヌの中世の働きについて解説します。

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フランス軍に司令官として従軍

ジャンヌ・ダルクはフランスのドンレミ村という小さな村で、農夫の娘として生まれました。

12歳の時に神の啓示を受け、数年後に従軍しましたが、ただの娘がいきなり従軍したいと言ってもできるものではありません。

そこで彼女は親戚に頼み、その領土の守備隊長に会いに出かけたのです。

最終的に王太子に会わせてもらえるとなった時、王太子はジャンヌ・ダルクの力を信じず、身代わりを立てました。

しかし彼女は王太子を見抜き、さらに王太子に自分のことを信じさせたのです。

そして彼女は軍隊を与えられました。

オルレアンの戦いを勝利に導いた

ジャンヌ・ダルクの最初の戦いとなったオルレアンの戦いはジャンヌが加わったことによって勝利を収めたと言っても過言ではない戦いです。

彼女が加わる前はなかなか勝利を収めることができませんでしたが、彼女が加わって9日後、オルレアンは陥落しました。

この時、彼女は怪我をしても指揮をし続けました。

そのため、周りの兵士たちは彼女を英雄とみなすようになっていったのです。

異端審問と処刑

イングランドに捕虜として捕まったジャンヌ・ダルクは異端審問にかけられました。

この頃は捕まった人の身内が身代金を支払うことで開放されたのですが、シャルル7世は身代金の支払いを拒否しました。

そのため、彼女は極めて不利な立場で異端審問にかけられたのです。

最終的に彼女は異端裁判で死刑判決を受け、火刑に処せられました。

しかしその25年後に復権裁判が行われ、彼女の無罪が証明されたのです。

まとめ

いかがでしょうか。

中世は戦いの多い時代でした。

ジャンヌ・ダルクはそんな中世において、戦いの経験もないままに従軍し、フランスを救ったのです。

彼女はカトリック教会によって聖女と認められ、列聖されました。

そんな彼女の銅像はフランスのあちらこちらで見られ、さらにルーブル美術館の前にも大きな銅像があります。

ジャンヌ・ダルクの中世における活躍は今でも人々に愛され、感謝されており、彼女自身はフランスの国民的ヒロインなのです。

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