ジャンヌ・ダルクの生涯とはどのようなものだったのか

ジャンヌ・ダルクとはどのような生涯を送ったのでしょうか。

彼女はオルレアンの戦いを勝利に導いた張本人であり、オルレアンの乙女とも呼ばれています。

その一方でイングランドの捕虜となり、異端審問にかけられて19歳の若さで火刑に処せられたのです。

それならば、具体的にはジャンヌ・ダルクの生涯とはどのようなものだったのでしょうか。

ここではジャンヌ・ダルクの生涯について解説します。

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神の啓示を受けて従軍

ジャンヌ・ダルクは決して軍人の娘などとして生まれたわけではありません。

彼女は農夫の娘として生まれ、12歳の時に神の啓示を受けました。

大天使ミカエル、アレクサンドリアのカタリナ、アンティオキアのマルガリータの姿を見て、彼らに「フランスを救いなさい」「王太子をランスに連れて行って戴冠させなさい」と言われ、そのために従軍したのです。

最初は半信半疑だった王太子をも信用させ、彼女は軍隊を与えられたのです。

オルレアンの戦い

ジャンヌ・ダルクを一躍有名にしたオルレアンの戦いは、ジャンヌが従軍するまで負け続けでした。

オルレアンの戦いはオルレアン包囲戦とも言われます。

それは半年間に渡ってイングランドが優勢だった戦いでしたが、ジャンヌ・ダルクが加わってからわずか9日でフランスは勝利を収めたのです。

ジャンヌの神の奇跡とも言えるような働きもあり、オルレアンの戦いはあっという間の出来事でした。

また、首に矢の傷を受けてもすぐに戦いに戻ったジャンヌ・ダルクの姿を見て、それまで彼女を信じなかった兵士たちも彼女を信じ、英雄として尊敬するようになったのです。

異端裁判と処刑

ジャンヌ・ダルクはイングランドの捕虜となり、異端裁判にかけられました。

もともと物的証拠も法的証拠もないまま異端裁判にかけられ、教会の牢に入れられても女性の看守が付くことはなかったのです。

弁護士もつけてもらえず、彼女は文盲ということを利用された状態で改善された書類に署名をさせられたのです。

もともと男性だらけの兵隊の中で生活するにあたり、彼女は身を守るために男装をしていました。

しかし女装をするように誓わされた上で体格の大きなイギリス人男性に乱暴されそうになり、その上で女性の服を盗まれたのです。

身を守るためにやむなく男装をし、彼女は死刑判決を受けたのです。

まとめ

いかがでしょうか。

このように最後の最後まで馬鹿げた裁判で死刑判決を受け、火刑に処せられたジャンヌ・ダルクは19歳で短い生涯を閉じました。

その25年後復権裁判が行われ、無実が宣言されました。

神の啓示を聞いて従軍し、フランスを救った彼女は悲劇の人であり、今やフランス人のヒロインとして人々に愛されているのです。

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