ジャンヌ・ダルクはオルレアンの戦いでどのように活躍したのか

ジャンヌ・ダルクはオルレアンの戦いにおいてどのように活躍したのでしょうか。

オルレアンの戦いというのはオルレアン包囲戦として知られています。

イングランドとフランスが100年戦争を戦ったときのターニングポイントで、1428年10月12日から1429年5月8日にかけてフランスのオルレアンで起こりました。

これはジャンヌ・ダルクの最初の勝利だったと言われています。

これに負けたことによってイングランドは力を失っていきました。

それならば、ジャンヌ・ダルクはこのオルレアンの戦いでどのように活躍したのでしょうか。

ここでは彼女の活躍について解説します。

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100年戦争とは

まず100年戦争というのはイングランドの国王とフランスの国王が対立した時、国家の統一を目的とした利害関係によって勃発した戦争を指します。

この戦争の最中、オルレアン戦争というものが起こりました。

オルレアンというのはフランス北中部のロワール川の隣にあります。

このオルレアンはイングランドにとって、フランスへの軍事行動を起こす最後の砦となっていました。

そしてジャンヌ・ダルクが現れる前、フランスでは武装した少女がロレーヌ公国国境から現れるだろうという噂が立っていたのです。

結果としてオルレアンの市民にジャンヌの噂が伝わり、市民の期待が高まったと言えるでしょう。

ジャンヌ・ダルクの従軍

従軍を望んでいたジャンヌ・ダルクは、ついに王太子に謁見することができました。

しかし王太子自身は彼女のことを信じず、自分は家臣のふりをしてパーティーに紛れ込み、偽物に王太子のふりをさせたと言われています。

本物を見抜いたジャンヌ・ダルクのことを王太子は信用し、彼女に板金甲冑、旗、使者、小姓を与えました。

これによってジャンヌ・ダルクは晴れて軍隊の一員となったのです。

最初の使命はオルレアンに物資を運ぶ事でした。

イングランドの司令官に宛てて手紙を書き、その中で自分のことを乙女と呼び、神の名で「立ち去れ、さもなくば私が立ち去らせる」と要求したのです。

ジャンヌ・ダルクの活躍

もともとジャンヌ・ダルクは北側からイングランド軍と戦うことを考えていました。

しかし指揮官たちはジャンヌに内緒で南側から攻撃をしようとしたのです。

この裏切りに怒りを覚えたジャンルは南側のイングランドの砦に最も近いところにいる軍隊に攻撃を開始するよう命令しました。

しかし説得され、まずは町に再補給を行うことを決めたのです。

この時、ジャンヌ・ダルクの奇跡が起こりました。

船を上流に流していた風が向きを変え、オルレアンにとって有利になったのです。

戦いの最中には軍旗を掲げ、イングランドにインパクトを与えました。

それによってオルレアンは陥落したのです。

まとめ

いかがでしょうか。

もちろんオルレアンの戦いというのは一言で語れるようなものではありません。

しかし、そこには神の啓示を受けたという彼女の奇跡があってこその勝利があったと言えるでしょう。

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