ジャンヌ・ダルクの墓所はどこ?ノートルダムにあるの?

ジャンヌ・ダルクの墓所は何処にあるのでしょうか。

彼女は19歳という若さで火刑に処せられましたが、彼女の遺体は一体どうなったのでしょうか。

ここではジャンヌ・ダルクの墓所について解説します。

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ジャンヌ・ダルクの処刑

まず、ジャンヌ・ダルクはどのように処刑され、その遺体はどうなったのでしょうか。

彼女はカトリック教会によって死刑判決を下され、火刑となりました。

当時のカトリックでは、命を落とした後は魂が天に昇り、またキリストのように復活すると考えられていたのです。

そのため、カトリック教徒にとって最も恐ろしい処刑法は、魂が返ってくる場所がなくなってしまう火刑だったのです。

ジャンヌ・ダルクは火で焼かれ、命を落としたら後に「彼女は生きて逃げた」などと人々に言われないように黒焦げの身体を人々に晒しました。

そして遺体が異物として人々の手に渡ることが無いよう、灰になるまで燃やされたのです。

その灰はマチルダ橋からセーヌ川に流されました。

ジャンヌ・ダルクの骨と皮膚?

2006年、ジャンヌの骨と皮膚ではないかと考えられたものがシノン博物館にありました。

法医学者たちはこれを調査すると発表し、最終的に2006年12月17日、ジャンヌのものではないだろうと結論付けられました。

しかし年代や性別などの調査結果から完全なでっち上げとは言えないだろうとも言われていたのです。

最終的に彼女のものではないという結論になりましたが、未だにこのような調査は続いているのです。

1867年、パリで「ジャンヌ・ダルクの火刑跡から採取された」という瓶が発見されましたが、それは偽物だったと考えられています。

ノートルダムが墓所なのか

ジャンヌ・ダルクの身体は残っていませんので、墓所というものは残念ながら存在しません。

ノートルダムが墓所なのかとも考えられていますが、ノートルダムに彼女の遺体が安置されているわけではありません。

ノートルダムはランスという町にありますが、ここはジャンヌも訪れた場所であり、歴代フランス王たちの戴冠式が行われた場所でもあります。

ここには1430年に書いたとされるジャンヌ・ダルクの署名のコピーが飾られています。

彼女は文盲だったと言われますから、非常に貴重な記録になります。

また、彼女は処刑から25年後に復権裁判が行われ、その無罪が証明されました。

さらに1909年にはこのノートルダムで列福となったのです。

まとめ

いかがでしょうか。

ジャンヌ・ダルクは灰になってしまったため、遺体は残っておらず、墓所というものはありません。

しかしノートルダムには彼女の銅像もあり、ここはジャンヌ・ダルクとは切っても切り離せない場所なのです。

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